山本由伸がなぜ都城高校へ?岡山から宮崎を選んだ驚愕の真相
山本由伸がなぜ都城高校へ?岡山から宮崎を選んだ驚愕の真相に関する疑問や疑問点をわかりやすくまとめました。要点を確実におさえることができます。
世界的な大投手となった現在、インターネット上やSNSでは当時の進学背景に関して事実とは異なる言説が散見されます。検証取材を通じて判明した、よくある3つの誤解を是正します。
誤解1:中学時代から全国区で、引く手あまたの争奪戦だった?
これは完全な誤りです。備前市立備前中学校時代、東岡山ボーイズに在籍していた山本は好選手ではありましたが、全国大会で完全試合を達成するような知名度はありませんでした。岡山県内外の強豪校が血眼になって特待生枠で奪い合ったわけではなく、むしろ「知る人ぞ知る好素材」という位置付けでした。
誤解2:都城高校による大規模な越境スカウト部隊にスカウトされた?
これも事実と異なります。都城高校は全国から何十人もの有望中学生をかき集めるタイプの大規模私立ではありません。荒木先輩という確固たるパイプがあり、現地の指導者が山本の人間性と資質に惚れ込んで「一人ひとりを大切に育てる」方針のもとで受け入れたのが実情です。
誤解3:甲子園に出ていないから当時は全く評価されていなかった?
メディアでの露出が少なかっただけで、プロ球団の球探(スカウト)の間では高校2年秋の時点で「九州ナンバーワン右腕」としてマークされていました。甲子園に出ていない事実は、プロ側にとっては「肩や肘の消耗度が極めて低い優良物件」としてポジティブに捉えられていたのです。