山田ルイ53世の現在|引きこもりと一発屋を超え文筆家へ再起した全真相
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山田ルイ53世の特異なキャリアを紐解く上で避けて通れないのが、青春期の過酷な挫折体験です。兵庫県出身の彼の本名は山田順三(やまだ じゅんぞう)。小学生時代は神童と呼ばれ、県内屈指のカトリック系超進学校である六甲中学校(現・六甲学院中学校・高等学校)へトップクラスの成績で合格を果たしました。入学後もサッカー部で活躍し、学級委員を務めるなど、誰もが疑わないエリート街道の真ん中にいたのです。
ところが中学2年生の夏、通学途中の満員電車内で激しい腹痛に襲われ、便を漏らしてしまうという決定的なアクシデントに見舞われます。思春期の多感な少年にとって、その出来事は世界が崩壊するほどのトラウマとなりました。翌日から学校へ行くことができなくなり、部屋のカーテンを閉め切ったまま、実に約6年間におよぶ引きこもり生活へと突入することになります。
自室で過ごした20歳までの歳月について、本人は自著の手記の中で「ただ息をしているだけの塊だった」「社会から完全に切り離され、自分の存在価値がゼロになる恐怖に怯えていた」と克明に振り返っています。家庭内の空気は張り詰め、家族との対話も途絶える日々が続きました。しかし20歳のとき、窓の外から聞こえてきた同世代の若者たちの笑い声をきっかけに、「このまま部屋で死ぬわけにはいかない」と一念発起。大検(大学入学資格検定、現・高等学校卒業程度認定試験)を取得し、愛媛大学夜間主コースへ進学します。その後、自らの生きる意味を求めて大学を中退し、単身でお笑いの世界へ飛び込むという数奇な経歴を歩み始めました。