昔の欧州便はなぜアンカレッジ経由だった?名物うどんと冷戦の真相を解説
昔の欧州便はなぜアンカレッジ経由だった?名物うどんと冷戦の真相を解説の背景について、専門知識を詳しくお届けします。
多くの日本人で賑わった中継地アンカレッジですが、1980年代後半から1990年代初頭にかけて急速にその役割を終えていきます。アンカレッジ経由がなぜなくなったのか、その背景には技術革新と歴史のうねりがありました。
第一の転機は、航空機の飛躍的な進化です。1989年に就航した「ボーイング747-400(ハイテクジャンボ)」をはじめ、長距離を無着陸で飛行できる高効率なエンジンを搭載した機体が相次いで登場しました。これにより、東京から欧州各都市への完全な直行フライトが技術的に可能となったのです。
そして決定打となったのが、1991年のソ連崩壊と冷戦の終結です。ロシア体制への移行に伴い、領空通過料の支払いを条件としてシベリアルートの直行便が広く一般に開放されました。最短距離を飛べる大陸上空ルートが開通したことで、欧州便の飛行時間は一気に11〜12時間程度へと大幅に短縮。時間とコストの両面で圧倒的に不利となったアンカレッジ寄港便は、1990年代半ばまでに旅客輸送の定期路線から完全に姿を消すこととなりました。