志村けん×柄本明の芸者コント!アドリブの真相と神回を徹底検証

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二人の伝説的なコラボレーションが本格化したのは、フジテレビ系『志村けんのだいじょうぶだぁ』でのことでした。当時、すでに劇団「東京乾電池」の主宰として演劇界で唯一無二の地位を築いていた柄本明さんに、バラエティのコントへの出演を打診したのは志村さん側の熱烈なラブコールがきっかけでした。

当時のお笑い番組において、本職の俳優がバラエティでコントを演じる場合、単なる「お飾りゲスト」としてツッコミを入れるか、極端なバカ騒ぎをさせられるのが通例でした。しかし志村さんが求めたのは、そうした安易な客演ではありませんでした。

志村さんは著書や関係者への述懐の中で、柄本さんを起用した理由について「喜劇映画の黄金期のような、人間の哀愁とペーソスを醸し出せる役者と一緒にコントをやりたかった」と明かしています。東京・東村山で育ち浅草や下町の喜劇を敬愛していた志村さんと、銀座・築地エリアの生まれで映画や寄席を身近に育った柄本さん。二人の底流には、昭和の東京が持っていた「粋(いき)」と「野暮(やぼ)」が同居する独特の空気感が共通して流れていました。

派手な動きやドタバタ劇ではなく、おしろいを塗りたくった年増の芸者二人が、手鏡を見ながら化粧直しをし、「ねえ、お姉さん」「なんだい」と低音で呼び合う。その佇まいだけで成立するコントの原型は、演劇とテレビコントの奇跡的な交差点から誕生したのです。

阿部 裕樹

阿部 裕樹

エンタメ専門ジャーナリスト

マネー知識やキャリア形成に役立つノウハウを、初心者にも分かりやすく解説するのが得意です。

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