あさま山荘事件の真相と犯人の現在|219時間攻防の全貌を総まとめ

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あさま山荘事件の真相を理解するためには、事件の直前に起きていた連合赤軍による「山岳ベース事件」の狂気を避けて通ることはできません。1960年代後半に盛り上がった学生運動(全共闘運動)が急速に退潮する中、暴力による世界革命を掲げる「赤軍派」と「日本共産党(革命左派)神奈川県委員会」が合流し、1971年に結成されたのが連合赤軍でした。

彼らは警察の追手から逃れるため、群馬県の榛名山や妙義山などの山中に軍事訓練用の拠点を構築しました。しかし、指導部である森恒夫と永田洋子(いずれも後に獄中死・死刑確定)による独裁的な支配の下、メンバーに対して「共産主義化」を強要する凄惨な内部粛清が始まります。「態度が革命的でない」「女性らしさを捨てていない」といった些細な言いがかりから、過酷な暴力と絶食を伴うリンチが横行。結果として同志12名を拷問の末に虐殺し、山中に埋めるという凄惨極まりない結末を迎えました。

警察の捜査網が山岳ベースに迫る中、組織幹部が相次いで逮捕され、逃場を失った坂口弘ら残党5名は厳冬の妙義山から群馬・長野県境の雪山を徒歩で越えて軽井沢へと逃走。1972年2月19日、偶然見つけた河合楽器製作所の保養所「あさま山荘」に押し入り、管理人の妻(当時31歳)を人質に取って立てこもりました。これが、日本警察史上かつてない219時間(約10日間)に及ぶ死闘の幕開けとなったのです。

木村 陽翔

木村 陽翔

テックライター兼ウェブディレクター

デジタルガジェットとスマート家電の検証記事を多数執筆。失敗しないモノ選びを提案します。

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