やなせたかし名言が今大人に刺さる理由|逆転しない正義と人生哲学
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世間一般において、やなせたかし氏は「最初から大成功した偉人」と誤解されがちですが、実態は全く異なります。彼の足跡を追うと、まさに遅咲きの漫画家経歴そのものです。
終戦後、三越宣伝部に勤務して包装紙のデザインなどを手掛けた後、34歳で独立。同期の手塚治虫氏や同世代の漫画家たちが若くして華々しいスター街道を駆け上がる傍らで、やなせ氏には代表作と呼べるヒット作が何一つありませんでした。ラジオコントの台本書き、舞台美術、作詞家、詩人、サンリオ刊行の月刊誌『詩とメルヘン』の初代編集長など、生きるために何でも請け負う日々が続いたのです。
周囲から「器用貧乏」「何でも屋」と陰口を叩かれ、50歳を過ぎてもなお本業の漫画家として世間に認知されない焦燥感の中、氏は自身のノートにこう記しています。
「人間は、絶望の隣に希望が寄り添って立っていることに、なかなか気づかない。絶望の底まで落ちたなら、これ以上悪くはならない。あとは希望の側に一歩歩み寄るだけだ」
1973年、氏が54歳のときに描いた『あんぱんまん』の幼年童話は、当初「顔を他人に食べさせるなんて不気味でグロテスク」「教育上好ましくない」と大人たちや批評家から猛烈なバッシングを受けました。図書館や幼稚園の現場からも購入拒絶が相次ぐ事態となったのです。しかし、現場の子どもたちが本をボロボロになるまで読み耽ったことで評判が広がり、日本テレビ系列でアニメ放映が開始されたのは1988年、氏が69歳を迎えた年でした。
焦る必要はない、回り道をした経験のすべてが栄養になる――。このやなせたかし生き方哲学は、早期の成果やタイパを求められてすり減る現代人にとって、肩の荷を静かに下ろしてくれる確信に満ちています。