柔道・古賀稔彦が激痩せした真相|闘病の軌跡と遺された三四郎魂
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ネット上では当時、「なぜここまで痩せるまで周囲は気づかなかったのか」「なぜ公表して休養に専念しなかったのか」といった疑問が多く書き込まれました。しかし、現場の取材記録を紐解くと、そこには古賀氏ならではの深い指導者哲学がありました。
当時、古賀氏が総監督を務めていた環太平洋大学女子柔道部は全国トップレベルを争う重責を担っており、東京五輪を控えた日本代表選手たちもプレッシャーと戦っていました。自らが重病であることを明かせば、選手たちの集中力を削ぎ、競技生活に余計な精神的負荷をかけてしまう――そうした強い責任感から、古賀氏は親しい知人にすら詳細を語りませんでした。
「どんなに苦しくても畳の上では背筋を伸ばす」という武道家としての矜持。痩せ細りながらも道着を身にまとい、鋭い眼差しで部員たちに声をかけ続けた姿は、まさに1992年のバルセロナ五輪金メダル獲得時に見せた「左膝の重傷を押して一本勝ちを重ねた姿」そのものでした。