なぜ2.26事件は起きたのか?青年将校の決起と昭和天皇の激怒の真相
なぜ2.26事件は起きたのか?青年将校の決起と昭和天皇の激怒の真相について分かりやすく解説いたします。専門家の見解をご覧ください。
Q1:2.26事件の首謀者たちにはどのような死刑判決が下されたのですか?
A1:青年将校の安藤輝三、香田清貞、栗原安秀、元将校の村中孝次、磯部浅一ら17名が1936年7月に銃殺刑に処されました。さらに事件を思想的・資金面で背後から支えたとされる北一輝と西田税の2名も1937年8月に死刑が執行され、合計19名が処刑されています。裁判は非公開の軍法会議で、弁護人もつかず控訴もできない一審制で行われました。
Q2:北一輝は決起現場にいなかったのに、なぜ死刑になったのですか?
A2:北一輝は直接部隊を率いて襲撃に参加していませんでしたが、青年将校たちの精神的指導者であり、決起当日も将校たちから逐次連絡を受けて助言を与えていたほか、資金援助を行っていた事実が重視されました。統制派が主導する軍法会議において、事件の根本的な元凶・教唆者であると判断されたためです。
Q3:2.26事件で岡田啓介首相が生き残れた決定的な理由は?
A3:首相官邸を襲撃された際、岡田首相と容姿が非常に似ていた義弟の松尾伝蔵予備役大佐が身代わりに撃たれ、反乱軍が松尾の遺体を岡田首相本人と誤認したためです。本物の岡田首相は女中たちの機転で押し入れの奥に隠れ、数日後に弔問客の列に紛れて脱出に成功しました。