横浜ドリームランドはなぜ消えた?閉園の真相と跡地・五重塔の現在

横浜ドリームランドはなぜ消えた?閉園の真相と跡地・五重塔の現在について徹底解説いたします。専門家の見解をお届けします。

閉園から月日が流れた2026年現在、広大だった敷地はどうなっているのでしょうか。現地を訪れると、かつての遊園地は整然とした文教施設と市民の憩いの空間へと見事な転生を遂げています。

園のシンボルとして遠方からも視認できた21階建て・高さ約93mの「ホテルエンパイア」。桃山風の唐破風や極彩色の屋根を戴く巨大な五重塔スタイルは、昭和の奇抜建築の代表格でした。この建物は解体されることなく、2006年に開学した「横浜薬科大学」の図書館棟として耐震改修され、現存しています。

改修に際して外観の尖塔部分や極端な装飾は一部整理されたものの、堂々たる五重塔のシルエットはそのまま継承されました。最上階にあったかつての回転展望ラウンジは、大学の学術・記念フロアとして保存されています。周囲の緑の中にすっくとそびえ立つ姿は、今なお戸塚・泉エリアの象徴的なランドマークです。

敷地の南半分は横浜市によって整備され、「俣野公園(またのこうえん)」として広く開放されています。園内には高校野球神奈川大会の会場としても親しまれる「横浜薬大スタジアム(俣野公園野球場)」が整備され、週末には少年野球や市民ランナーの歓声が響きます。かつて潜水艦が浮かんでいた池やコースターが疾走していた場所は、青々とした芝生広場へと生まれ変わりました。

また、敷地北西部には開園初期の敷地一部を活用して建設されたマンモス団地「ドリームハイツ」が広がり、ひとつの完成された街を形成しています。遊園地自体は消滅したものの、バス停の名称や周辺の区画割りに、かつて夢の国が存在した記憶が息づいています。

山田 真由

山田 真由

自動車・モビリティライター

暮らしを豊かにする便利アイテムや時短アイデアを中心に、実用的な情報をお届けします。

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