キングダム作者・原泰久の現在と年収!元Se経歴と噂の真相を追う
キングダム作者・原泰久の現在と年収!元Se経歴と噂の真相を追うの全貌を分かりやすくまとめてご紹介します。
佐賀県に生まれ育った原泰久氏は、漫画家としては極めて珍しい理系・技術系のキャリアを歩んできました。出身大学は九州芸術工科大学(画像設計学科、現在は九州大学芸術工学部に統合)であり、同大学院修士課程まで修了しています。在学中の1997年に第36回ちばてつや賞ヤング部門期待賞を受賞するなど、早くから卓越した構成力を発揮していましたが、大学院修了後に選んだ道は漫画家ではなく、富士通系企業でのシステムエンジニア(SE)職でした。
当時の特番インタビューや本人の手記において、原氏は「3年間のSE経験が漫画家としての基礎体力を形作った」と明かしています。システム構築に不可欠な要件定義、論理的破綻のないプログラム設計、大規模プロジェクトの進捗管理といったスキルは、のちに広大な中国大陸を舞台とする複雑な戦局描写や、数十人におよぶ武将・文官が交錯する群像劇のプロット管理に直結することになります。行き当たりばったりの直感に頼るのではなく、綿密な伏線回収と因果関係の連鎖をロジカルに設計する作風は、このSE時代に培われたものです。
退職後の1999年、『別冊ヤングマガジン』掲載の読み切り作品「於兎松」で念願のプロデビューを果たすものの、すぐに連載を獲得できたわけではありませんでした。不遇の雌伏期を支えたのが、『SLAM DUNK』や『バガボンド』で知られる漫画界の巨匠・井上雄彦氏のアシスタント経験です。原氏は井上氏の仕事場で背景作画や現場のプロフェッショナリズムを徹底的に叩き込まれました。特にネーム作りに悩んでいた際、井上氏から授かった「キャラクターの瞳に生気を宿らせる描き方」「主人公・信の内なる渇望を画面全体に表現する演出法」は、表現者としての決定的な転機となりました。
そして2006年、『週刊ヤングジャンプ』9号にて31歳という遅咲きで『キングダム』の連載をスタートさせます。連載初期は掲載順位が低迷し、打ち切りの危機にも直面しましたが、師からの教えを反芻しながら登場人物の眼光や感情表現を極限まで研ぎ澄ませた結果、読者の支持を獲得。2013年には第17回手塚治虫文化賞マンガ大賞を受賞し、名実ともに国民的作家への階段を駆け上がることになりました。