ダイアナ妃が最も愛した医師ハスナット・カーン|破局の真相と現在

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検索エンジンの入力候補やネット上の掲示板において、「ダイアナ妃 医者」という言葉は時に激しい混同を生んでいる。特に目立つ2大誤解について、事実関係を精緻に検証する。

誤解1:ダイアナ妃の真の最愛はドディ・アルファイドだったのか?

答えは「否」である。1997年7月、カーン医師から「これ以上関係を続けることはできない」と別れを告げられたダイアナ妃は、激しい精神的ショックを受けた。その直後、実業家モハメド・アルファイド(ドディの父)の誘いに応じ、南仏サントロペの豪華クルーザー「ヨンカル」でのバカンスに向かう。そこで息子ドディとの急速な接近が報じられた。

当時の親友ローザ・モンクトンが死因審問で語ったところによれば、ダイアナ妃は船上から「ハスナットにこの写真を見せたい」と漏らし、自身とドディの親密ショットがタブロイド紙に一面掲載されるようパパラッチに自ら合図を送っていた。つまり、ドディとの派手な熱愛劇は、傷ついたプライドの埋め合わせであり、ハスナット・カーンの嫉妬心を煽って自分の元へ引き戻すための壮大な狂言という側面が強かったのである。

誤解2:パリの事故現場に駆けつけた「医師」はハスナット・カーンか?

ネット上でしばしば「事故現場にいた医師」とカーン医師が同一視されるが、これは完全な事実誤認である。1997年8月31日未明、パリのポン・ド・ラルマトンネルでクラッシュしたメルセデス・ベンツに偶然最初に通りかかった医師は、フランス人救急救命医のフレデリック・マイエ(Dr. Frederic Mailliez)氏である。

マイエ医師は私用で現場を通りかかり、大破した車内で重症を負った女性を発見。身元がダイアナ妃であるとは気づかぬまま、救急バッグを取り出して気道確保と酸素マスクの装着を行った。ハスナット・カーン自身は当時ロンドンに滞在しており、悲報を聞いた直後、ダイアナ妃の携帯電話に何度も電話をかけ続けたがつながらなかったと述懐している。

山本 拓海

山本 拓海

ヘルス&ウェルネスアドバイザー

デジタルガジェットとスマート家電の検証記事を多数執筆。失敗しないモノ選びを提案します。

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