四日市は何県?愛知と誤認される真相と三重最大の経済都市の正体
四日市は何県?愛知と誤認される真相と三重最大の経済都市の正体の具体的な内容に迫る! わかりやすい言葉でご紹介しています。
四日市市を語る上で避けて通れないのが、昭和の高度経済成長期に起きた「四日市ぜんそく」の歴史です。1950年代後半、旧海軍燃料廠跡地に日本初の本格的な石油化学コンビナートが建設され、目覚ましい復興を牽引した反面、亜硫酸ガスを含む未処理の排煙が大気へ放出され、多くの市民が呼吸器疾患に苦しみました。
1967年に提訴された四日市公害裁判は、1972年に住民側の全面勝訴で結審。そこからの四日市市の環境再生への歩みは、世界の産業史に残る徹底的なものでした。自治体と進出企業群は数千億円規模の資金を投じ、当時世界最高水準の排煙脱硫装置を次々と導入。排出基準の厳格化と科学的な常時モニタリング体制を構築しました。かつて白煙に覆われた空は浄化され、今日の大気環境測定データは全国の主要都市と遜色ない良好な数値を維持しています。
そして2000年代以降、この産業遺産とも言えるコンビナートは、「工場夜景クルーズ」や全国屈指の夜景鑑賞スポットとして劇的なリブランディングを果たしました。
特に人気を集めるのが、四日市港の開港100周年を記念して建てられた高さ100mの「四日市港ポートビル」最上階展望展示室「うみてらす14」です。全面ガラス張りの展望室からは、伊勢湾の黒い海を背景に、無数に煌めくプラントの保安灯、複雑に張り巡らされた配管、天を突くフレアスタックが360度パノラマで広がり、日本夜景遺産にも認定されています。かつての教訓を胸に刻みながら、環境と共生する重厚な美しさを発信する四日市の姿は、国内外から訪れる観光客を圧倒し続けています。