渡来人はなぜ日本へ?古代を変えた技術と遺伝子の真実

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渡来人たちの足跡は、文献の中だけでなく、現在も残る各地の寺社や地名、遺跡に鮮明に刻まれています。その代表格が秦氏(はたうじ)と東漢氏(やまとのあやうじ)です。

秦氏は、京都盆地西部(太秦周辺)を本拠地とし、桂川に大堰(おおい)を築いて広大な農地を開拓したことで知られます。彼らは養蚕や機織りに優れ、その財力と技術力は平安京遷都を推進した桓武天皇の最大のスポンサーとなるほどでした。京都の伏見稲荷大社や松尾大社、広隆寺の創建には秦氏が深く関わっており、彼らが伝えた芸能や酒造りの技術は、千年以上を経た現在の日本文化の骨格となっています。

一方、奈良盆地南部のアスカ地方を地盤とした東漢氏は、軍事や外交、文筆実務に長けた集団でした。蘇我氏と密接に結びつき、飛鳥寺の建立や宮廷の財政出納、外交文書の作成などを一手に引き受けました。明日香村周辺の発掘調査では、渡来系の特徴を示すオンドル(床暖房)状の遺構や渡来系土器が多数出土しており、彼らが列島の支配中枢で日常的に活動していた現場のリアルが実証されています。

阿部 裕樹

阿部 裕樹

エンタメ専門ジャーナリスト

マネー知識やキャリア形成に役立つノウハウを、初心者にも分かりやすく解説するのが得意です。

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