宇和島銘菓「大番」はなぜ愛され続けるのか?文豪小説に隠された誕生秘話と真相
宇和島銘菓「大番」はなぜ愛され続けるのか?文豪小説に隠された誕生秘話と真相についての疑問解決ガイドをご紹介します。
「大番」という言葉が日本中で爆発的な知名度を獲得した最大の原点は、昭和を代表する大衆文学の巨匠・獅子文六が1956(昭和31)年から1958(昭和33)年にかけて『週刊朝日』に連載した長編小説『大番』にあります。「雲の巻」「風の巻」「龍の巻」の全3巻で単行本化されたこの作品は、宇和島の貧しい農村に生まれた主人公・赤羽丑之助(通称・ギューちゃん)が、持ち前の度胸と泥臭い人情を武器に東京・兜町の株式市場へ殴り込み、巨万の富を築いては無一文に転落し、再び這い上がる壮絶なピカレスクロマンです。
当時の読者を熱狂させ、令和の現代でもビジネスパーソンや投資家のバイブルとして読み継がれている理由は、主人公・丑之助のモデルとなった実在の相場師・佐藤和三郎の破天荒な人生にあります。兜町で「山和」の屋号を掲げ、常識破りの相場観で市場を揺るがした佐藤和三郎の血肉の通ったエピソードを、獅子文六は徹底した現地取材とユーモアあふれる筆致で見事なエンターテインメントへと昇華させました。
小説の人気は活字にとどまらず、1957年には東宝によって映画化され、日本中を席巻します。監督・千葉泰樹、脚本・笠原良三の黄金タッグのもと、丑之助役を演じた名優・加東大介の熱演は映画史に残る当たり役となりました。共演には若き日の仲代達矢や原節子ら日本映画の黄金期を支えた錚々たるスターが名を連ねています。なお、昭和の喜劇映画ファンや演劇通の間では、同時代の喜劇界を牽引した伴淳三郎が舞台版や関連企画で丑之助的なキャラクターを演じたイメージと結びつけて記憶されることも多く、昭和の庶民エネルギーを象徴するアイコンとして今なお語り草となっています。