明治大学・斎藤孝の現在地!声に出す読書術と雑談力が生んだ人気の真髄
明治大学・斎藤孝の現在地!声に出す読書術と雑談力が生んだ人気の真髄に関する専門家の意見を詳しく解説いたします。
テレビ画面で見せる柔和な笑顔からは想像しにくいですが、斎藤孝の歩んできた経歴と学歴の道のりは、決して平坦なエリートコースの連続ではありませんでした。1960年、静岡県富士市に生まれた斎藤は、県内有数の進学校である静岡県立静岡高等学校を経て、日本の最高学府である東京大学法学部を卒業しています。司法試験や高級官僚を目指す秀才が集う法学部において、彼が強烈に抱いたのは「生身の人間の生命力や身体のありようから乖離した、硬直したシステムへの違和感」でした。
法学部卒業後、斎藤は法曹界や官界ではなく、教育の現場と人間の成長に目を向け、東京大学大学院教育学研究科学校教育学専攻へ進学。修士課程(教育学修士)を修了し、博士課程で単位取得満期退学するまでの20代から30代前半にかけては、定職に就けない不安と経済的な困窮のなかで、徹底的に己の思考と身体に向き合う孤軍奮闘の時期を過ごしました。
当時の苦悶について、斎藤は手記や回顧録の中で「朝起きても行く場所がなく、畳の目を数えるような焦燥感に苛まれていた」「自分は何者でもないという底知れぬ恐怖を、呼吸法と読書だけで必死に支えていた」と率直に告白しています。この暗中模索の10年間に培われた、野口三千三の野口体操や合気道、能や歌舞伎の身体所作への深い傾倒が、のちに花開く「身体論に基づく教育学」の揺るぎない土台となりました。その後、明治大学文学部助教授を経て教授に就任。自らの挫折と再起の実体験があるからこそ、彼の言葉には机上の空論にとどまらない骨太の説得力が宿っています。