伝説の名言「時は来たそれだけだ」の真相と蝶野正洋が笑った理由

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プロレスファンのみならず、現代のSNSやバラエティ番組でも定番のミームとして定着している「時は来た、それだけだ」。この言葉の元ネタとなった舞台は、1990年2月10日に開催された新日本プロレスの『'90スーパーファイト IN 闘強導夢』です。会場となった東京ドームには6万3,900人の大観衆が詰めかけ、団体の威信を懸けたメガイベントとして異様な熱気に包まれていました。

この大会のメインイベント格として組まれたのが、アントニオ猪木・坂口征二組 vs 橋本真也・蝶野正洋組という、昭和プロレスの象徴である大巨頭に若き「闘魂三銃士」の2人が挑む世代交代のタッグマッチでした。当時20代半ばだった橋本・蝶野の両選手にとって、プロレス界の絶対神である猪木選手、そして副社長として団体を支えていた坂口選手を倒すことは、自らのレスラー人生を決定づける巨大な試練だったのです。

問題のシーンは、花道へ入場する直前、テレビ朝日の辻よしなりアナウンサー(当時)が敢行した生中継インタビューで発生しました。張り詰めた空気の中、辻アナウンサーからマイクを向けられた蝶野選手が「つぶす気で行きますよ」とギラついた闘志を剥き出しにして先陣を切ります。続いてマイクを向けられた破壊王・橋本真也は、白いハチマキを締め、眼光鋭くカメラを睨み据えながら重々しく言い放ちました。

「時は来た、それだけだ」

威厳に満ちた低音ボイスでこれ以上ないほど格好良く言い切った直後、橋本選手がサッと画面からフレームアウトした瞬間、隣にいた蝶野選手の表情が一変。口元を手で覆い、必死に吹き出すのを堪えながら俯く姿が全国のお茶の間に生中継されることとなりました。

山本 拓海

山本 拓海

ヘルス&ウェルネスアドバイザー

デジタルガジェットとスマート家電の検証記事を多数執筆。失敗しないモノ選びを提案します。

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