志村けんと明石家さんま「不仲説」の真相|土8戦争から追悼秘話まで

志村けんと明石家さんま「不仲説」の真相|土8戦争から追悼秘話までの特集記事をお届けします。専門的な知識がチェックできます。

志村けんさんと「お笑いBIG3」(タモリ、ビートたけし、明石家さんま)との関係性を俯瞰すると、志村さんとさんまさんの絶妙な距離感がさらに鮮明になります。

特にビートたけしさんと志村けんさんは、ほぼ同世代(たけしさんが1947年生まれ、志村さんが1950年生まれ)であり、浅草の演芸場文化とドリフのバンド・付き人文化という下積み時代を経てブレイクした共通項がありました。二人は後年、特番での神様コント共演や、互いの番組を行き来するプライベートゴルフ仲間として、直接的な親交を公に見せていました。

対照的に、さんまさんは1955年生まれで志村さんの5歳年下にあたります。さんまさんにとって志村さんは、芸人として駆け出しの頃にテレビの向こう側で日本中を熱狂させていた「絶対的な先行者」でした。それゆえに、さんまさんは志村さんに対して常に一歩引いた敬意を払い続け、たけしさんのように「志村」と呼び捨てにすることなく、公私にわたって一貫して「志村さん」と呼び続けました。

馴れ合って頻繁につるむことだけが友情ではありません。お互いが自身の主戦場(志村さんはフジテレビ系深夜コント枠や舞台『志村魂』、さんまさんはトークバラエティの司会進行)でトップを守り続けること自体が、最大のメッセージであり敬意の示し方だったと言えます。

佐藤 大輔

佐藤 大輔

シニアコンテンツプロデューサー

最新のテクノロジーと生活デザインの融合をテーマに、国内外の最新トピックを発信しています。

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