藤子・F・不二雄の死因と壮絶な最期|没後30年、机上に遺した想い

藤子・F・不二雄の死因と壮絶な最期|没後30年、机上に遺した想いを徹底追究! 読者が気になる トピックの裏側を凝縮して配信します。

公式発表資料および当時の報道記録によると、藤子・F・不二雄氏の直接の死因は肝不全です。亡くなった日時は1996年(平成8年)9月23日午前2時10分、搬送先の慶應義塾大学病院(東京都新宿区)で帰らぬ人となりました。享年62歳でした。

氏の壮絶な病歴を辿ると、急逝の10年前にあたる1986年(昭和61年)に胃がんを発病した事実に行き当たります。当時、自覚症状を覚えた藤本氏は都内の病院で検査を受け、胃がんが判明。胃の大部分を切除する大手術を受けました。この療養期間中、月刊コロコロコミックでの大長編ドラえもんの連載が一時中断を余儀なくされるなど、創作活動にも少なからぬ影響が生じています。

胃がんの手術以降、徹底した体調管理を行っていたものの、1990年代に入ると肝臓機能の低下や肝臓への疾患が深刻化していきました。当時の担当編集者やスタジオ関係者の証言によると、本人は周囲に過度な心配をかけまいと気丈に振る舞い、過酷な体調不良を抱えながらも読者である子どもたちに対する責任感を胸に、執筆への情熱を絶やすことはありませんでした。穏やかな笑顔の裏で、極限の体力低下と向き合い続けた10年間の闘病生活が存在したのです。

中村 さくら

中村 さくら

マネー&キャリアエディター

エンタメ・カルチャー業界の深掘り取材を得意とし、現場のリアルな声をお伝えします。

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