もののけ姫の舞台は屋久島だけではない?宮崎駿が描いた聖地の真相
もののけ姫の舞台は屋久島だけではない?宮崎駿が描いた聖地の真相とはどのようなものなのか? 主要なファクトを簡潔に解説します。
「もののけ姫の舞台はどこにあるのか」という問いに対し、多くの人が鹿児島県の屋久島を思い浮かべます。しかし、スタジオジブリが公式に刊行した出版物や公式発表モデル地一覧の記録を精査すると、宮崎駿ロケ地真相にはより重層的な背景が存在することが分かります。
スタジオジブリの公式見解において、制作時にメインスタッフが本格的なロケーションハンティング(ロケハン)を行い、明確に作画の参考にしたと公表されているのは「屋久島(鹿児島県)」と「白神山地(青森県・秋田県)」の2つの世界自然遺産です。1995年5月、宮崎駿監督と美術監督の山本二三氏を含むスタッフ陣は屋久島に入り、生い茂る苔と巨大な屋久杉が織りなす圧倒的な生態系をスケッチに収めました。
一方で、日本列島北端に位置する白神山地のブナ原生林にも足を運んでおり、監督は「東日本の照葉樹林文化と落葉広葉樹林文化の境界」に強い関心を寄せていました。劇中で描かれる風景は、南西諸島の湿潤な空気感と、北東北の荒涼としながらも力強い太古の植生が、類まれなイマジネーションによってひとつのスクリーン上に編み合わされた産物です。ジブリ舞台選定の理由は、単なる観光地の借景ではなく、日本人が古来持っていた「人知の及ばぬ森の神性」を視覚化することにありました。