なぜロシアと同じ?ソビエト連邦国歌の真実とメロディ復活の深層
なぜロシアと同じ?ソビエト連邦国歌の真実とメロディ復活の深層に関する疑問や疑問点を徹底的にまとめました。詳細を読もうことができます。
Q1:ソビエト連邦の国歌を作曲したアレクサンドロフとはどんな人物ですか?
A1:アレクサンドル・アレクサンドロフ(1883–1946)は、世界的に名高い「赤軍合唱団(現・アレクサンドロフ・アンサンブル)」の創設者であり、ソ連を代表する合唱指揮者・作曲家です。名門ペテルブルク音楽院およびモスクワ音楽院で本格的な教会音楽と対位法を学び、十月革命前は教会聖歌隊の指導者として活躍しました。その深い典礼音楽の素養と軍楽の力強さを融合させた独自のスタイルが、国歌をはじめとする多数の傑作を生み出す原動力となりました。
Q2:なぜスターリン死後の約20年間、歌詞を歌ってはいけなかったのですか?
A2:1944年に制定された最初の歌詞の中に「偉大なスターリンが我らを導いた」という直接的な個人崇拝の一節が含まれていたためです。1953年のスターリン死後、1956年にフルシチョフがスターリンの恐怖政治と大粛清を厳しく告発(スターリン批判)したため、この歌詞を歌うことが公式に禁じられました。代わりの歌詞が制定される1977年までの約20年間は、公式の場でも歌詞なしのオーケストラ演奏のみが行われました。
Q3:作詞者のセルゲイ・ミハルコフは、ソ連崩壊後もなぜロシア国歌の作詞を任されたのですか?
A3:セルゲイ・ミハルコフ(1913–2009)は児童文学作家としても著名でしたが、国家の体制や指導者の要求を汲み取り、格調高く覚えやすい詩に仕立てる能力において並ぶ者がいない第一人者でした。2000年にプーチン大統領がメロディの復活を決めた際、公募された無数の歌詞案の中から、87歳になっていたミハルコフの案が最も威厳と時代精神(大国ロシアへの誇り)を表現しているとして選ばれました。彼はスターリン時代、ブレジネフ時代、プーチン時代の3度にわたり国歌作詞を手がけた唯一無二の詩人です。
Q4:ソ連が崩壊した1991年から2000年までのロシア国歌は何だったのですか?
A4:19世紀ロシアの著名な作曲家ミハイル・グリンカが手がけた未完の楽曲「愛国歌(Патриотическая песня)」が採用されていました。しかし、公式の歌詞が国民に定着せず、旋律も広く浸透しなかったため、国民やスポーツ選手の間で「歌えない国歌」として極めて不評でした。この不満が、2000年の旧ソ連国歌メロディ復活を後押しする大きな要因となりました。