台湾を揺るがしたパイ・シャオイェン事件の真相と母・白冰冰の現在
台湾を揺るがしたパイ・シャオイェン事件の真相と母・白冰冰の現在を徹底追究! 読者が気になる トピックの裏側を分かりやすく展開します。
事件の発端は1997年4月14日朝、台北県(現・新北市)林口郷で起きました。私立醒吾高級中学(高校)に通う白曉燕(当時16歳)さんが登校途中に突如消息を絶ちます。同日夕方、母である白冰冰氏のもとに脅迫電話が入り、指定された場所で被害者の切断された小指、監禁写真、そして直筆の救出を乞う手紙が発見されました。
犯人側が要求した身代金は500万米ドル(当時のレートで約6億円超)。現金は旧札の米ドル紙幣で用意するよう厳格に指定されていました。母・白冰冰氏は警察へ通報し、極秘裏に身代金の工面に奔走。警察当局はコードネーム「0414専案」を組織し、通信傍受と厳重な警備態勢を敷きました。
しかし、身代金受け渡しの現場は混乱を極めました。4月18日から23日にかけて、犯行グループは指示場所を台北、桃園、新竹など十数カ所にわたり二転三転させます。警察の包囲網を警戒した犯人側は現金の受け取りに現れず、交渉は膠着状態に陥りました。
事態が最悪の局面を迎えたのは4月28日でした。台北県新荘市の排水溝(中港大排)で、無残に変形した女性の遺体が発見されます。検視の結果、遺体は行方不明となっていた白曉燕さん本人と確認されました。法医学鑑定により、誘拐からわずか数日後の4月18日頃から20日頃にかけて激しい暴行を受け、窒息死させられた上で遺棄されていた事実が判明。台湾社会に前代未聞の衝撃と悲嘆が走りました。