リグレーフィールドのツタに潜む魔境!消えた白球とレンガ壁の全真相
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そもそも、野球場の外野フェンスにツタを植えるという前代未聞のアイデアは、どのような経緯で生まれたのでしょうか。時計の針を1930年代へと巻き戻すと、そこには球界屈指のアイデアマンとして名を馳せた興行師の存在が浮かび上がってきます。
シカゴ・カブスの本拠地であるリグレー・フィールドにツタが植栽されたのは、1937年9月のことでした。当時、カブスの球団幹部でありプロモーション担当を務めていたのが、後に球界の伝説的オーナーとなるビル・ベック(Bill Veeck Jr.)です。ベックは、当時の球団オーナーでありチューインガム王として知られるフィリップ・K・リグレーから外野スタンドの大規模改修と美観向上を一任されていました。
当時、冷徹で無機質なコンクリートやレンガ壁に覆われていた外野スタンドを前に、ベックは「公園(ボールパーク)のように美しく、ファンがピクニックに来たかのような心安らぐ空間を作りたい」と構想。地元の園芸業者からツタの苗木を大量に買い付け、観客席の足元から外野壁全体へと這わせるように手作業で植樹を敢行したのです。
ベックのこの試みは、単なる装飾にとどまらず、スタジアムに圧倒的な個性とロマンチシズムをもたらしました。今日でこそ歴史的遺産として称賛されるこの景観ですが、当時は「打球の跳ね返りが読めなくなる」「外野手がツタに足を取られる」といった批判的な声も一部で上がっていました。しかし、年月を経てツタがレンガの目地に根を張り巡らせるにつれ、リグレー・フィールドとカブスの魂そのものとして定着していったのです。