菱垣廻船と樽廻船の決定的な違いとは?物流戦争の真相とスピード対決
菱垣廻船と樽廻船の決定的な違いとは?物流戦争の真相とスピード対決に関する基本知識をわかりやすくまとめました。詳細を読もうことができます。
Q1:菱垣廻船と樽廻船は、どちらが先に誕生したのですか?
A1:歴史的には菱垣廻船が先です。菱垣廻船が1619年(元和5年)頃に日用雑貨全般を運ぶ船として確立し、その約半世紀後の1660年代(寛文年間)に、酒の輸送トラブルや遅延に業を煮やした酒造業者たちが特化型の樽廻船を誕生させました。
Q2:菱垣廻船のトレードマークである「菱格子」はなぜ菱形だったのですか?
A2:単なる意匠(デザイン)としての美しさだけでなく、四角形の格子よりも斜めの筋交い(トラス構造)が入る菱形の方が、波の衝撃や船体の歪みに対する強度が格段に高かったためです。荒波で船体がきしんでも垣立が壊れにくく、甲板上の荷物を強固にホールドする実用的な知恵でした。
Q3:なぜ樽廻船は菱垣廻船よりも圧倒的にスピードが速かったのですか?
A3:理由は主に3点あります。①甲板の格子垣立を取り払って船体を低重心・スリムにし、風の抵抗を減らしたこと、②重い酒樽を船底に均等に敷き詰めることで船体を安定させ、帆を限界まで張れたこと、③多くの港に寄り道せず、大坂から江戸へ直行するルートをとったためです。
Q4:十組問屋と二十四組問屋の争いは、最終的にどうなったのですか?
A4:幕府の仲介で一度は積荷の棲み分けが取り決められましたが、利便性と速さに勝る樽廻船へ荷主が雪崩を打って流出したため、実質的に樽廻船側の完全勝利に終わりました。幕末期には菱垣廻船はほぼ名目だけの存在となり、江戸の海上輸送の主力は完全に樽廻船へと移行しました。