金田正一の通算成績はなぜ不滅なのか?400勝と奪三振の真相
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金田正一の400勝を語る上で欠かせないのが、在籍年数の大半を占めた国鉄スワローズ時代成績の特異性です。全400勝のうち、実に353勝は国鉄時代に挙げたものでした。当時の国鉄は創設間もない新興球団であり、シーズン成績はBクラスが定位置という典型的な弱小チームでした。
打線の援護が極端に少ない中、金田は1951年から1964年まで14年連続20勝以上という前人未到の記録を樹立します。特に1958年には31勝14敗、防御率1.30、311奪三振という圧倒的な成績を残しました。打線の援護が望めない以上、「1点も取られない」ことだけを目指してマウンドに立ち続けた結果が、通算82完封(歴代2位)と歴代1位の365完投です。
奪三振記録に関しても、金田の剛速球と大きく割れるドロップ(縦のカーブ)は打者にとって恐怖の的でした。長嶋茂雄が1958年に巨人に入団した開幕戦において、4打席4連続三振を奪ったエピソードは球史に残る名場面です。長嶋は後に「球が唸りを上げて手元でホップし、バットに当たる気がしなかった」と述懐しています。NPB史上最年少でのノーヒットノーラン(18歳35日)や完全試合(1957年対中日戦)の達成など、単なるタフネスだけでなく、投球技術と球威においても当時の球界を完全に圧倒していました。