童謡「赤い靴」に隠された怖い真相と実話モデル・きみちゃんの結末

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多くの人々が「きみちゃんはアメリカへ渡り、幸せに暮らした」と信じていたこの物語には、半世紀以上にわたって封印されていた過酷な真相が存在します。きみちゃんは一度も船に乗ることはなく、海を渡ることさえ叶いませんでした。

宣教師ヒュエット夫妻がアメリカへ帰国する直前、きみちゃんは当時「不治の病」として恐れられていた結核(結核性腹膜炎)を発症してしまいます。当時の医療水準では完治が絶望的であったことに加え、長期間に及ぶ船旅に耐えられないこと、さらにはアメリカの検疫基準を通過できないことから、夫妻はやむなくきみちゃんを日本へ残す決断を余儀なくされました。

置き去りにされたきみちゃんは、東京・麻布十番(麻布鳥居坂)にあった教会付属の「麻布孤児院」に預けられました。母とも養父母とも離れ、面会者もいない孤独な療養生活の末、1911年(明治44年)9月15日、わずか9歳の短い生涯を閉じました。

最も痛切なのは、母親のかよが生涯この事実を知らなかったことです。かよは「娘は異国の地で立派な女性として幸せに暮らしている」と信じ続け、我が子の面影を抱いたまま1948年に75歳で亡くなりました。母と娘がお互いの真実を知らぬまま引き裂かれた結末こそが、この童謡が持つ最大の悲劇です。

山下 哲也

山下 哲也

自動車・モビリティライター

デジタルガジェットとスマート家電の検証記事を多数執筆。失敗しないモノ選びを提案します。

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