あさが来たモデル広岡浅子の生涯!ドラマとの違いや五代友厚の真相

今注目を集めている あさが来たモデル広岡浅子の生涯!ドラマとの違いや五代友厚の真相について、詳しいまとめをご紹介しています。

連続テレビ小説『あさが来た』の原案となったのは、作家・古川智映子氏が綿密な取材をもとに執筆した評伝小説『小説 土佐堀川 女性実業家・広岡浅子の生涯』です。脚本を手掛けた大森美香氏の巧みな筆致により、ドラマは痛快なエンターテインメントとして昇華されましたが、史実の広岡浅子の生涯は、ドラマ以上に冷徹な経済戦争と泥臭い人間模様の連続でした。

最も象徴的な違いが、九州の炭鉱事業に乗り出す際の描写です。劇中では護身用として嫁入りの短刀を帯びていましたが、史実の浅子はコルト社製のピストルを懐に忍ばせて筑豊の潤野(うるの)炭鉱へと単身乗り込んでいます。当時の炭鉱は荒くれ者の鉱夫たちが命がけで働く無法地帯に近い環境でした。浅子は男装し、鉱夫たちと寝食を共にしながら、時にはピストルを机に叩きつけて肚(はら)の据わり具合を示したと伝えられています。後年に浅子自身が残した手記や証言にも、炭鉱での命がけの交渉が生々しく記されています。

また、嫁ぎ先である大坂の豪商「加島屋(かじまや)」の経営危機も、ドラマ以上に深刻を極めていました。明治維新の混乱期、諸藩への大名貸しが焦げ付き、多くの両替商がバブル崩壊のように倒産していく中、浅子は一人で簿記や商法を独学。旧弊な番頭たちの猛反発を抑え込み、実質的な最高意思決定者として家政と商売を掌握していったのです。

橋本 菜々子

橋本 菜々子

トレンドリサーチャー

グルメと旅を愛するフリーライター。全国各地の隠れた魅力を独自の視点から紹介します。

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