任天堂の歴代社長全6代の功績と交代理由|創業から現在までの経営哲学

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53年間にわたり君臨した山内溥が、2002年に後継者として指名したのが、当時42歳だった岩田聡でした。HAL研究所で数々の名作プログラムを自ら書き上げた天才エンジニアであり、経営難に陥っていた同社を再建させた実績を買われての抜擢でした。

岩田氏の就任時、ゲーム業界はグラフィックの高度化と操作の複雑化が進み、ライト層が離脱する「ゲーム離れ」の危機に直面していました。そこで岩田氏が掲げた経営方針が「ゲーム人口の拡大」です。年齢・性別・ゲーム経験を問わず誰もが直感的に楽しめる製品を目指し、タッチパネルを搭載した「ニンテンドーDS」(2004年)と体感型コントローラーの「Wii」(2006年)を世に送り出し、空前の大ブームを巻き起こしました。

岩田氏の哲学を象徴する有名な名言があります。2005年のGDC(ゲーム・デベロッパーズ・カンファレンス)基調講演で語られた言葉です。

「私の名刺には社長と書いてあります。私の頭の中ではゲーム開発者です。しかし私の心はゲーマーです。(On my business card, I am a corporate president. In my mind, I am a game developer. But in my heart, I am a gamer.)」

自ら開発者にインタビューを行うWeb企画「社長が訊く」や、直接ファンに最新情報を届ける「Nintendo Direct」を創設するなど、作り手とユーザーの双方に対する深い敬意とオープンな姿勢は、今なお世界中のクリエイターとファンから敬愛されています。

清水 千尋

清水 千尋

フード&トラベルライター

マーケティングと消費者心理のトレンドを分析し、現代のヒット商品の背景を読み解きます。

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