フォーリーブスの現在と真相|波乱の解散理由から光と影を総括
フォーリーブスの現在と真相|波乱の解散理由から光と影を総括を徹底追究! 読者が気になる 情報と解説を分かりやすく展開します。
ファンと芸能界に計り知れない衝撃を与えたのが、グループの音楽と躍動感を担った2人のあまりに早すぎる死でした。報道各社の取材データや公式発表によると、皮肉にも2人の命を奪った病名は同じ「肝臓がん」でした。
青山孝史 死因について改めて時系列を振り返ると、彼が病魔に冒されていることが公表されたのは2009年1月のことでした。すでにステージ4の肝臓がんが判明していながら、青山は最後の全国ツアーのステージに立ち続けました。関係者の証言によると、激痛を伴う過酷な状況下でありながら、ファンに弱音を見せることは一切なく、澄み渡るハイトーンボイスを響かせたといいます。公表からわずか半月余り後の2009年1月28日、都内の病院で57歳の若さで旅立ちました。通夜や告別式では、病床から録音された青山本人の「肉声メッセージ」が流され、参列者の涙を誘いました。
そして青山を見送ったわずか3年後、2012年2月22日、リーダー格であった北公次もまた、肝臓がんにより63歳でこの世を去りました。北は1980年代後半に芸能界の暗部を告白した著書『光GENJIへ』を発表し、かつて所属したジャニーズ事務所との間で激しい軋轢を生んだ当事者でもありました。しかし、晩年はそうした怨嗟を昇華させ、音楽とファンへの恩返しに全精力を注いでいました。
北公次が亡くなる前日、病床で残したとされる手記には、生涯を通じてアイドルであり続けた男の生々しい感謝が綴られていました。自身の身体が病魔に蝕まれながらも、「最後まで笑顔でいてほしい」「ファンの支えがあったからこそ走れた」と遺志を伝えた姿は、昭和の芸能シーンにおけるひとつの生き様として語り継がれています。