手記『絶歌』の内容と酒鬼薔薇聖斗の現在|出版理由と遺族の叫びを総力検証

手記『絶歌』の内容と酒鬼薔薇聖斗の現在|出版理由と遺族の叫びを総力検証を詳しくリサーチ! 知っておきたい 情報と解説を分かりやすく展開します。

手記の是非を考察する上で、まず避けて通れないのが1997年の神戸連続児童殺傷事件の経緯です。同年2月から5月にかけて、神戸市須磨区で小学生5名が相次いで襲撃され、当時小学4年生の山下彩花さん(享年10)と、小学6年生の土師淳くん(享年11)の尊い命が奪われました。犯行の残虐性のみならず、友が丘中学校の正門前に遺体の一部とともに掲げられた「酒鬼薔薇聖斗」名義の犯行声明文、地元新聞社へ送りつけられた挑戦状など、劇場型犯罪の様相を呈した凶行は国民を恐怖に陥れました。

同年6月28日に逮捕されたのは、当時14歳の中学校3年生の少年でした。その年齢の若さは社会に大きな衝撃を与え、後の少年法改正(刑事罰対象年齢の引き下げなど)の契機となります。少年は家庭裁判所での審判を経て医療少年院へ送致され、精神医学的な治療と矯正教育を受けることとなりました。関東医療少年院での長期にわたる収容生活を経て、2004年に仮退院、2005年には保護観察が終了し、法的な手続きの上では社会復帰を果たしました。

そして事件から18年後の2015年6月、突如として太田出版から『絶歌』が刊行されます。この書籍が市場に出るまで、情報管理は徹底的に伏せられていました。通常の書籍であれば事前に取次や書店、メディアへ配本予告がなされますが、本書は「事前告知をすれば遺族からの出版差し止め請求や激しい抗議によって流通が阻止される」という懸念から、関係者間でもごく一部の人間のみで進行される極秘出版の手法が取られました。

企画を主導した太田出版の当時の社長・岡聡氏らは、刊行の意義について「重大事件を起こした当事者が、いかにしてその内面で犯行に至り、更生への道を歩んだのかを記録として社会に残すことは公益性がある」と主張しました。しかし、被害者の命を奪った当事者が、遺族に一言の断りもなく手記を上梓するという事実は、出版界の常識と倫理を大きく踏み越えるものでした。

中村 さくら

中村 さくら

マネー&キャリアエディター

エンタメ・カルチャー業界の深掘り取材を得意とし、現場のリアルな声をお伝えします。

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