桂三枝と紫艶の愛人報道から10年|20年の愛憎劇と急逝の全真相
桂三枝と紫艶の愛人報道から10年|20年の愛憎劇と急逝の全真相の全体像を分かりやすくまとめてご紹介します。
会見後、二人の明暗は残酷なまでに分かれました。大物落語家である文枝は、所属事務所の強力な庇護とテレビ各局の配慮もあり、一定の社会的批判を浴びながらもレギュラー番組を降板することなく芸能界にとどまりました。
一方で、告白者である紫艶さんに浴びせられたのは、「売名行為」「恩を仇で返した悪女」という激しい誹謗中傷でした。彼女は実質的に演歌界から追放され、生活のために2017年にはセクシー女優への転向を余儀なくされます。しかし、世間の冷ややかな好奇の目に晒され続け、心身は次第に限界へと達していきました。
そして2019年3月、最悪の知らせが届きます。東京都内の賃貸アパートで、紫艶さんが倒れているのが発見されたのです。離れて暮らす母親が数日間にわたって電話をかけても応答がなかったため、不審に思った大家と警察官が部屋に立ち入ったところ、すでに息を引き取っていたといいます。享年41歳。部屋には争った形跡はなく、警察による検死の結果、事件性は否定され「病死」と判断されました。
後に報じられたところによると、紫艶さんは晩年、極度の不眠症や不安神経症に悩まされており、複数の精神安定剤や睡眠薬を服用していました。直接の死因は持病の悪化や服薬の影響に伴う心不全と見られています。誰にも看取られることなく、発見まで数日を要した「孤独死」という最期は、芸能界の華やかさの裏に潜む深い闇をまざまざと見せつけました。