なぜキティちゃんギャルが再ブレイク?平成レトロと日焼けの真相
なぜキティちゃんギャルが再ブレイク?平成レトロと日焼けの真相に関する気になる情報をわかりやすくまとめました。要点を確実におさえることができます。
キティちゃんギャルを語る上で欠かせないのが、褐色肌の「日焼けキティ」が辿った特異な進化の歩みです。誕生の起点は、1990年代後半に展開されていたハワイや沖縄のリゾート地向け「ご当地キティ」企画でした。白い肌がトレードマークだったキャラクターの肌を焼くという大胆な試みは、当初サンリオ社内でも賛否両論を巻き起こしたと伝えられています。
しかし、時代はまさに安室奈美恵さんの大ブレイクを契機としたアムラー現象、そして渋谷センター街を中心とするガングロ・コギャルブームの絶頂期でした。頭に大輪のハイビスカスキティを乗せた限定マスコットは、修学旅行生や旅行者を通じて瞬く間に渋谷へと逆輸入されます。当時のカリスマギャルたちが「ウチらの仲間がいる」と面白がり、eggなどのカルチャー雑誌で取り上げたことで爆発的なヒットを記録しました。
2000年代に入るとその勢いはさらに加速し、ピンクやゴールドを取り入れたヒョウ柄キティマスコットや、パパラッチ風のサングラスをかけたデザインなど、よりリアルなストリートカルチャーを吸収したスピンオフが次々と登場します。キャラクターがファンカルチャーに歩み寄り、ファンカルチャーがキャラクターを自分たちのアイコンへと育て上げた稀有な共創の歴史がここにあります。