ブルガリア独身税はなぜ大失敗したのか?出生率急落の真相と日本への教訓
ブルガリア独身税はなぜ大失敗したのか?出生率急落の真相と日本への教訓に関する疑問を詳しくまとめました。詳細な解説をチェックしましょう。
詳細を見る
独身税導入後のブルガリアにおける出生率推移を振り返ると、政策の失敗は統計データにも残酷なまでに刻まれています。
1960年代後半、ブルガリアの合計特殊出生率は約2.18前後の水準を保っていました。しかし、独身税が本格稼働した1970年代から1980年代にかけて出生率は目に見えて下降線をたどり、人口置換水準(2.07程度)を大きく割り込む事態に陥りました。
政策による改善の兆しが一切見られないまま国民の不満だけが鬱積し、1989年の東欧革命に伴う共産党政権の崩壊を経て、1990年に独身税は完全廃止されました。その後、経済混乱も重なったブルガリアの出生率は1.2〜1.3台にまで落ち込み、一度壊れた出生トレンドを立て直すことがいかに困難であるかを世界に知らしめました。
廃止の直接的な理由は政権交代ですが、根本的な要因は「国民を経済的に締め付ける懲罰的政策では、家族形成の意欲を生み出せない」という明白な政策破綻にありました。