班田収授の法はなぜ崩壊したのか?口分田と偽籍の罠を徹底解説
班田収授の法はなぜ崩壊したのか?口分田と偽籍の罠を徹底解説とはどのようなものなのか? 詳しい意味を丁寧に紐解いて紹介します。
班田収授の法をわかりやすく捉えるなら、「国家が全国民へ田んぼを均等に貸し出し、そこから確実に税を徴収するための社会システム」です。その原型は646年の「改新の詔」に示され、中国・唐の均田制をモデルとして、701年の大宝律令(および718年の養老律令)によって完成形を迎えました。
この制度の根底にあったのが「公地公民制」という国家思想です。豪族が私有していた土地(私地)と人民(私民)をすべて天皇・国家のものとし、人民には生存と納税の基盤として口分田(くぶんでん)を与えました。
運用のタイムラインは極めて厳格に定められていました。国家は6年ごとに「戸籍」を更新し、その年に満6歳以上に達した男女へ口分田を班給(支給)します。そして受給者が死亡した場合、次の受給年の調査で国家が田を収公(回収)するルールでした。これを「班給」と「収授」を合わせて班田収授と呼びます。
試験対策や歴史の整理で役立つ年号の覚え方としては、制度の土台となった大宝律令の制定年(701年=「な(7)お(0)い(1)い国、大宝律令」)や、後述する墾田永年私財法(743年=「な(7)じ(4)み(3)の私有地、墾田永年」)とセットでインプットするのが王道のルートです。