てるてる坊主の正しい作り方|顔を描かない理由と効果的な吊るし方
てるてる坊主の正しい作り方|顔を描かない理由と効果的な吊るし方の注目ポイントを分かりやすくまとめてご紹介します。
てるてる坊主の起源を辿ると、古代中国の民間信仰「掃晴娘(サオチンニャン)」伝説と、日本の修験道・僧侶にまつわる伝承が複雑に交錯している事実が浮かび上がる。
中国の伝承によると、大雨が何日も続いて洪水危機に瀕した際、ある美しい少女が天の神に祈りを捧げた。すると天から「命を捧げれば雨を止める」という神託が下り、少女は町を救うために自ら犠牲となった。人々は彼女の徳を偲び、紙で人形を作って箒(ほうき)を持たせ、門口に吊るして晴天を祈るようになった。これが「掃晴娘」のルーツである。
この風習が平安時代から江戸時代にかけて日本へ伝来する過程で、日本の雨乞い・日和乞い(ひよりごい)を担う「坊主(僧侶・山伏)」の姿と習合し、「てるてる坊主」へと変遷したとされる。
この歴史的背景において特筆すべきは、1921年(大正10年)に発表された童謡『てるてる坊主』(作詞:浅原鏡村、作曲:中山晋平)の歌詞に刻まれた衝撃的な一節である。
教科書などでは一般的に2番までしか歌われないことが多いが、原曲の3番の歌詞には以下のような直接的で恐ろしいフレーズが存在する。
「てるてる坊主 てる坊主 ほんとに天気に しておくれ もしも曇って 泣いてたら そなたの首を チョンと切るぞ」
一見すると残酷極まりない童謡の歌詞だが、これには雨を止める約束を果たせなかった僧侶が領主によって処刑されたという悲劇的な伝承が背景にあると民俗学関係者の間では指摘されている。祈祷や儀礼が「命懸けの契約」であった時代の厳格さと切実さが、童話の形を借りて現代にまで語り継がれている証左といえる。