兜町の風雲児・中江滋樹の真実|投資ジャーナル事件と壮絶な最期
兜町の風雲児・中江滋樹の真実|投資ジャーナル事件と壮絶な最期の見逃せないポイントを徹底的にカバーしました。
名声を高めた投資ジャーナル社が仕掛けた決定的な罠が、いわゆる「株式関連融資保証金名目」による資金集めでした。これは「推奨銘柄を購入する際、現金を保証金として預託すれば、その数倍の資金を会社側が無担保で融資して買い付ける」と謳うものでした。
しかし、その実態は投資家から預かった保証金を流用し、自らの仕手株操作や会社の運転資金、放漫な浪費に充てるポンジ・スキーム(自転車操業)に過ぎませんでした。相場が下落し解約や返還を求める顧客が殺到すると、融資の実体がないことが露呈。預託金の返還は即座に行き詰まりました。
警察庁および東京地検特捜部の捜査により、全国の被害者数は約8,000人、集めた資金の総額は約584億円に達することが判明しました。事件が社会問題化すると、中江は資金難を隠蔽しつつ1984年に香港など海外へ逃亡。翌1985年に帰国したところを詐欺罪で逮捕されました。1989年の東京地裁判決で懲役6年の実刑が確定し、昭和の金融犯罪史にその名を刻むこととなりました。