小林麻美の若い頃と電撃引退の真相|雨音はショパンの調べから現在まで
話題沸騰中の 小林麻美の若い頃と電撃引退の真相|雨音はショパンの調べから現在までについて、多角的な視点をご紹介しています。
東京都大田区大森の裕福な家庭に生まれた小林麻美は、1970年にライオンのCMガール募集でスカウトされ、芸能活動の第一歩を踏み出しました。1972年にはシングル『初恋のメロディー』で東芝EMIから歌手デビュー。当時の芸能界が求めた典型的な「笑顔を振りまく清純派アイドル」としてのスタートでしたが、彼女自身はこの敷かれたレールに強い居心地の悪さを抱えていたと、後の回顧録でも率直に明かされています。
転機が訪れたのは1970年代後半でした。モデル業や女優業へシフトする過程で、持ち前のスレンダーな肢体と、どこか憂いを帯びた涼やかな眼差しが脚光を浴び始めます。特に1977年の資生堂CM(ベネフィーク等)で披露した陰影のある表情は、高度経済成長を経て個性を求め始めた日本の女性たちに強烈なインパクトを与えました。
当時の女性誌『anan』や『non-no』の表紙を飾り、彼女の代名詞となったのが「無造作なウェーブヘア(小林麻美ヘア)」と、あえて笑顔を作らないクールな佇まいです。それまでの「愛嬌を売る女性タレント」の枠組みを根底から覆し、日本に「アンニュイ(倦怠感・陰りのある美しさ)」という美の価値観を定着させた決定的な瞬間でした。