【衝撃】志村けんのダンスはなぜ神業?ヒゲダンス元ネタとプロ級ソウルの真相
【衝撃】志村けんのダンスはなぜ神業?ヒゲダンス元ネタとプロ級ソウルの真相の真相について、最新情報を取りまとめてご紹介します。
志村けんさんがザ・ドリフターズの正式メンバーとして加入した直後、自らの存在感を決定づけたのが1976年の「東村山音頭」でした。地元・東京都東村山市のローカル音頭をベースに、「東村山〜庭先ゃ多摩湖〜」と歌い踊る姿は、瞬く間に全国の小学生を熱狂させました。
この東村山音頭において注目すべきは、民謡の手振りをベースにしながらも、テンポを意図的に倍速(アップテンポ)にし、ディスコ的なステップの要素を注入していた点です。「イッチョメ、イッチョメ、ワーオ!」と叫びながら白目を剥くあのポーズは、単なるギャグの域を超え、一種のパンク・ロックや初期のファンクが持つアナーキーな身体的エネルギーに満ちていました。
そして1980年代後半に誕生した「変なおじさん」の振り付けにも、志村さんの身体的センスが凝縮されています。「変なおじさん、だから変なおじさん」と歌いながら両手を前後に振る独特のダンスは、喜納昌吉&チャンプルーズの『ハイサイおじさん』のリズムに、日本の伝統芸能である阿波踊りや歌舞伎の見得、そしてディスコのステップを掛け合わせたハイブリッドな構造を持っています。
本人は生前のインタビューで「ダンスは照れて中途半端に踊るのが一番カッコ悪い。やるなら完璧にバカになりきって、かつ動きは正確に決めるのが鉄則」と語っていました。照れを完全に排除し、動きの端々をピタリと止める「止め」の技術があったからこそ、あのおかしみが成立していたのです。