松田聖子『風立ちぬ』誕生秘話と大滝詠一の企み|今なお響く理由
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シングル発売からわずか2週間後の1981年10月21日には、同名の4作目オリジナル・アルバム『風立ちぬ』がリリースされました。シングルとアルバム双方の客観的データと制作陣の布陣を比較すると、いかに本作が破格の体制で作られていたかが浮き彫りになります。
項目詳細・数値データ一般的な基準・当時の相場編集部の見解・評価シングルリリース1981年10月7日(07SH 1067)
オリコン最高1位 / 累計約52万枚当時のヒット基準:30万枚〜40万枚秋の哀愁ソングながら圧倒的なセールスを記録。アイドルの枠を超越。アルバム構成と収録曲1981年10月21日発売(4thアルバム)
LP A面5曲すべて大滝詠一が作曲・編曲複数作家によるオムニバス形式が主流『冬の妖精』『ガラスの入江』『一千秒物語』『いちご畑でつかまえて』等、A面丸ごと大滝ワールドを展開。受賞実績第23回日本レコード大賞 ゴールデン・アイドル賞
第12回日本歌謡大賞 放送音楽賞トップ賞レースの常連枠大衆性と芸術性の両立が業界内外で高く評価された決定的な証拠。再発・アーカイブ2004年完全生産限定紙ジャケ12cmCD
ハイレゾ配信・アナログ再プレス継続中多くの昭和歌謡は通常盤配信のみ音響作品としての評価が非常に高く、オーディオファイルの間でも語り継がれる。
特に松田聖子『風立ちぬ』アルバム収録曲の完成度は圧巻です。Side-Aの5曲を大滝詠一が、Side-Bを財津和夫や鈴木茂、杉真理らが手掛けるという贅沢な布陣は、まさに当時の日本のポップス界の総力を結集したものでした。