園城寺(三井寺)が「不死鳥の寺」と呼ばれる驚愕の真相と国宝の見どころ
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滋賀を代表する古刹を訪れる際、多くの参拝者が抱く疑問が「園城寺 三井寺 違い」です。結論から述べると、両者は完全に同一の寺院を指しています。正式名称は「長等山 園城寺(おんじょうじ)」であり、全国に寺院を抱える天台寺門宗 総本山としての公的な寺号です。
一方の「三井寺」という呼び名は、平安時代以降に定着した由緒ある通称です。境内奥にある「閼伽井屋(あかいや)」から湧き出る霊泉が、天智天皇・天武天皇・持統天皇の三代の帝が誕生した際の産湯(御井・みい)として使われた史実に基づき、「御井の寺」から転じて「三井寺」と呼ばれるようになりました。
寺伝によると、創建は686年(朱鳥元年)、天智天皇の皇子である大友皇子(弘文天皇)の子・与多王が父の菩提を弔うために田園城邑を寄進したことに始まります。その後、9世紀に唐から帰国した智証大師・円珍が天台別院として再興し、比叡山延暦寺と並ぶ仏教界の一大拠点へと発展を遂げました。