『あたしおかあさんだから』炎上事件の真実と母性観をめぐる葛藤
『あたしおかあさんだから』炎上事件の真実と母性観をめぐる葛藤にまつわる役立つ知識を分かりやすく発信ます。
炎上騒動の核にあったのは、作詞を担当したのぶみ氏の独自の表現スタイルと、歌唱者である横山だいすけ氏のパブリックイメージの乖離だった。NHK Eテレの「おかあさんといっしょ」で11代目うたのお兄さんとして絶大な人気を誇った横山氏の独立後初のソロ楽曲ということもあり、世間の注目度は極めて高かった。番組で培われた「親子の味方」という圧倒的な善意の象徴が、この楽曲の大きな引き立て役となっていた。
歌詞の中では、かつて好きだったおしゃれやヒールのある靴を諦め、自分の食べたいものよりも子どもを優先し、眠い目をこすりながら家事や育児に追われる母親の日常が描かれた。作詞者のぶみ氏は、日常の苦労をあえてありのまま描写することで「母親たちの孤独に寄り添い、労う」意図を込めていたとされる。児童文学の世界で親しまれてきた彼の作品群と同様に、母性の純粋さや子どもへの無償の愛を肯定するメッセージを意図していたのだ。
しかし、当事者たちが受け取った真実は真逆だった。歌詞の中に反復される「だから」という言葉は、労いではなく「母親なのだから我慢して当然」という強迫観念として響いた。社会からのワンオペ育児の強要に喘ぐ親たちにとって、その歌詞は自己犠牲を美徳として肯定し、理不尽な現状をそのまま甘受させるための「呪いの言葉」に他ならなかったのである。