沢村賞投手・小川健太郎の栄光と失脚|背面投げの真相と激動の生涯
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圧倒的な実力を誇り、名実ともに中日の顔となった小川健太郎を突如襲ったのが、1969年から1970年にかけて日本プロ野球界を揺るがした「黒い霧事件」でした。西鉄ライオンズの選手による八百長疑惑から端を発したこのスキャンダルは、他球団やオートレースの八百長賭博へと捜査の網が広がっていきました。
1970年シーズン中、小川健太郎にもオートレースの八百長に関与した疑いが浮上します。プロ野球協約違反および競馬・競艇・オートレース等の不正に関わった嫌疑により、警察の捜査およびプロ野球コミッショナー委員会による聴取が行われました。
同年7月、コミッショナー委員会は小川健太郎に対して「永久失格処分(永久追放)」という最も重い制裁を下しました。これにより、エースとして君臨していた男のプロ野球人生は、36歳にして突如として完全に断ち切られることとなったのです。
当時の一流投手の年俸水準は現代と大きく異なり、球界のスター選手であっても裏社会の甘い誘惑やギャンブル人脈が身近に存在していた時代背景がありました。真相の全貌については関係者の証言に食い違いも残されていますが、球界の最高峰にいた沢村賞投手が永久追放されるという事態は、ファンと球界全体に計り知れない衝撃を与えました。