モーニング娘の歴史を変えた3人は誰?激動の功績と現在の評価

モーニング娘の歴史を変えた3人は誰?激動の功績と現在の評価の疑問点について、専門知識を基に徹底解説します。

黎明期のモーニング娘。において、安倍なつみの担った役割は極めて過酷でした。つんく♂プロデュースの経緯を振り返ると、シャ乱Qのボーカルとして時代の寵児だったつんく♂は、完璧に仕上がった歌姫ではなく「成長のプロセスを共有できる原石」を求めていました。その象徴が北海道から単身上京した安倍でした。『ふるさと』のセールス苦戦やセンターとしての重圧に押しつぶされそうになりながらも、彼女が放つ親しみやすさと哀愁が初期モーニング娘。の感情的な支柱となったのです。

しかし、初代メンバーの福田明日香の脱退や初期の目新しさが薄れ始めた1999年夏、グループは最初の重大な岐路に立たされます。そこで仕掛けられたのが「第3期追加オーディション」でした。当初は2人採用の予定枠を覆し、つんく♂が「今回は1人だけ。ものすごいのがおった」と独断で指名したのが後藤真希の加入理由です。金髪に近い明るい茶髪、中学生離れした大人びた立ち振る舞い、そして圧倒的な華を持つ後藤の獲得は、既存の調和をあえて壊す最大の劇薬でした。

直後にリリースされた7thシングル『LOVEマシーン』は、累計売上164万枚以上を記録する未曾有の社会現象へ発展します。昭和歌謡の泥臭さとディスコビートを融合させた同曲は、「モーニング娘歴史を変えた曲」として日本レコード大賞をはじめ数々の賞を総なめにしました。後藤を絶対的センターに据え、安倍をメロディの基盤に置くツインバブル体制が整ったことで、市井紗耶香や矢口真里、保田圭ら2期メンバーのキャラクターも開花し、世に言う「モーニング娘黄金期メンバー」の伝説的布陣が完成したのです。

中島 亮太

中島 亮太

写真家・フォトエディター

シンプルで洗練された住まいづくりとインテリアコーディネートのアイデアを提案しています。

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