香淳皇后の性格と美智子さま嫁姑問題の真相|昭和天皇が愛した素顔
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香淳皇后(久邇宮良子女王)について、最も身近で接していた側近たちが異口同音に語るのは、その大らかで自然体な人柄と評判です。1903年(明治36年)に久邇宮邦彦王の長女として生まれ、学習院女子中等科で学んだ香淳皇后の若い頃の経歴を辿ると、幼少期から格式張らない素直な気質で知られていました。
昭和天皇の側近として著名な入江相政侍従長の日記や、宮内庁関係者の回顧録には、皇后の飾らない日常が数多く書き留められています。例えば、御所の中で小さな昆虫を見つけた際、側近たちを驚かせまいとそっと見守ったり、侍従たちの体調を気遣って自ら温かい言葉をかけたりと、気配りに満ちた場面が頻繁に記録されています。絵画の才能にも恵まれ、日本画の大家である前田青邨に師事して号を「桃苑」と名乗り、優美な花鳥画を多数残しました。
また、香淳皇后の性格を物語るエピソードとして有名なのが、緊張感に満ちた公式の場でも、その場の空気を一瞬で和らげる天性の明るさです。侍従が粗相をした際にも、決して感情的に叱責することなく、「まあ、大変でしたね」と朗らかに笑い飛ばしてその場を救ったという逸話は、歴代の宮内庁職員の間でも語り草となっています。公務の重圧に耐え続けた昭和天皇を、持ち前の包容力とユーモアで常に精神的に支え続けた存在こそが、良子さまでした。