餃子の王将と大阪王将の事件とは?裁判トラブルや射殺・衛生問題の真相

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両社の間で起きた最初の大きな法的トラブルが、1980年代に勃発した「商標権を巡る裁判」です。創業当初は「京都を中心に展開する餃子の王将」と「大阪エリアを中心に展開する大阪王将」という形で暗黙の棲み分けが成立していました。

しかし、大阪王将が首都圏への進出を開始したことで事態は一変します。東京進出にあたり、すでに商標登録を行っていた王将フードサービス側が「顧客が混同する」として、大阪王将に対して商標使用の差し止めを求める訴訟を起こしました。

骨肉の争いとなったこの裁判は、最終的に1985年の和解によって決着を迎えます。和解条件として、後発の大阪王将側が「大阪王将」と地域名を冠した表記を徹底すること、看板のフォントや配色(赤地に白文字の餃子の王将に対し、大阪王将は黄色や黒を基調とした意匠)を変えることなどが取り決められ、現在のブランド分離が法的に確立されました。

木村 陽翔

木村 陽翔

テックライター兼ウェブディレクター

デジタルガジェットとスマート家電の検証記事を多数執筆。失敗しないモノ選びを提案します。

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