北海道の熊の置物はなぜ鮭をくわえた?歴史の真相と2026年最新相場

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「北海道の木彫り熊=アイヌ民族古来の伝統工芸」という認識は、実は広く浸透した代表的な誤解の一つです。その発祥の地は道南に位置する渡島半島の八雲町(やくもちょう)にあります。

歴史の扉を開いたのは、尾張徳川家第19代当主の徳川義親(よしちか)でした。義親は1921年(大正10年)から翌年にかけてヨーロッパを歴訪した際、スイスの古都ベルンで農民たちが冬の副業として制作していた素朴な木彫りの熊に強い感銘を受けます。当時、自身が経営していた八雲町の開墾農場で、雪に閉ざされる過酷な冬の農閑期に収入源と生活の張り合いを失っていた小作農民たちの姿が重なったのです。

帰国した義親は、持ち帰ったスイス製の熊の木彫りを農民たちに見せ、「冬の副業として熊を彫ってみてはどうか」と提案しました。1924年(大正13年)、八雲の農民・伊藤政雄氏が彫り上げた1体の熊が第1号となり、ここから北海道における木彫り熊の歴史が幕を開けました。つまり、この工芸品は「貧しい農民を救済するための文化事業」という崇高なルーツを持っていたのです。

その後、旭川や白老などのアイヌ民族の卓越した木彫り技術と融合し、阿寒湖や登別などの温泉地・観光地へと広がりながら、北海道を代表する一大工芸産業へと成長を遂げていきました。

鈴木 陽菜

鈴木 陽菜

テックライター兼ウェブディレクター

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