Pl学園と宗教の真実|野球部休部と生徒激減の裏にある教団の盛衰
Pl学園と宗教の真実|野球部休部と生徒激減の裏にある教団の盛衰にまつわる役立つ知識を詳しく紐解きます。
PL学園の強さを支えた源泉であり、同時に暴力や軋轢の温床ともなったのが、全寮制の男子寮「研志寮」での生活です。桑田真澄氏や清原和博氏をはじめとする歴代OBの手記や特番インタビューでも、その想像を絶する隔離された生活環境が生々しく語られています。
当時の研志寮では、野球部の規律と教団の信仰規則が不可分に融合していました。外部との接触は手紙と公衆電話のみに制限され、テレビや雑誌、間食は厳禁。毎朝夕の礼拝、独自の神棚(お神徳)に対する遥拝、食事前の感謝の儀礼など、厳格な信者規則と寮生活の掟が徹底して課されていました。
特に過酷を極めたのが、1年生が3年生の身の回りの世話を一手に引き受ける「付き人制度」でした。ユニフォームの洗濯から靴磨き、食事の配膳、肩もみまで、下級生は上級生に対して絶対服従を強いられました。当時の部員たちが振り返る証言には、極限状態のリアルが滲み出ています。
「朝起きてから夜寝るまで、一瞬たりとも気が抜けなかった。先輩の足音が聞こえるだけで心臓が跳ね上がった。あの寮生活に比べれば、甲子園の満員の観衆の前で満塁を迎えるプレッシャーなど何でもなかった」
スポーツ心理学の観点から見れば、この極度の緊張感と連帯感が、甲子園での「逆転のPL」と称された勝負強さを生み出した側面は否定できません。しかし、神への絶対帰依と上級生への絶対服従が二重構造となった閉鎖空間は、世代交代とともに近代的なスポーツコンプライアンスと決定的に乖離し、数々の悲劇を生む土壌となってしまったのです。