浅草フランス座はなぜ閉館?たけしが愛した伝説劇場の現在と衝撃の真相
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多くの人が抱く「浅草フランス座はいつの間にか閉館して無くなってしまったのか?」という疑問に対する明確な答えは、「劇場自体は同じビルの4階で『浅草東洋館』として現役稼働している」という事実です。
劇場の歴史は、1951年(昭和26年)に興行師・松倉宇吉率いる東洋興業が「浅草フランス座」を開業したことに始まります。その後、1968年に同系列の東洋劇場が閉鎖された際、1階へ落語主体の「浅草演芸ホール」が移転。空いた上階を活用する形で1971年に再開場したのが、現在も続く「4階のフランス座」でした。この時期にエレベーターボーイとして潜り込んだのが、若き日の北野武(ビートたけし)です。
しかし、昭和の終わりから平成にかけて興行環境は激変します。1980年代半ばの風俗営業等の規制及び業務の適正化等に関する法律(風営法)の抜本的改正、さらに成人向けビデオの急速な普及によって、かつて浅草の歓楽街を支えたストリップ劇場は急速に客足を奪われました。女性の裸を目当てに訪れる客層が激減したことで、幕間コントの存在意義そのものが揺らぎ始めたのです。
東洋興業の記録や当時の劇団関係者の回顧録によると、劇団フランス座としてのストリップ興行は1999年(平成11年)に終焉を迎えました。そして翌2000年(平成12年)1月、落語を除く漫談、漫才、コント、マジック、曲芸などを専門に扱う都内唯一の「いろもの専門寄席」である浅草フランス座演芸場東洋館として新装オープンを果たしました。「ストリップ劇場の完全撤退」と「伝統芸能・演芸の継承」という苦渋の決断が、現在の東洋館の礎となっています。