なぜロシアと同じ?ソビエト連邦国歌の真実とメロディ復活の深層
なぜロシアと同じ?ソビエト連邦国歌の真実とメロディ復活の深層の基礎知識と応用に迫る! わかりやすい言葉でご紹介しています。
ソビエト連邦の国歌と現代のロシア連邦国歌を聴き比べた者が誰もが抱く最大の疑問、それは「ソ連という体制が崩壊したにもかかわらず、なぜ同じメロディがそのまま使われているのか」という点に尽きます。冷戦終結時、ボリス・エリツィン初代ロシア大統領は共産主義の残滓を払拭すべく、19世紀のロシア大作曲家ミハイル・グリンカが手がけた未完の楽曲「愛国歌」を新たな国歌に制定しました。しかし、この決断は結果として国家的な大混乱と国民の深刻なアイデンティティ喪失を招くことになります。
当時の報道や議事録によると、グリンカの「愛国歌」には致命的な問題がありました。公募を重ねても国民に広く浸透する歌詞がついに完成せず、オリンピックの表彰台でも選手たちが口を結んだまま立ち尽くす事態が続いたのです。さらに、1990年代の急進的な市場経済化に伴うハイパーインフレと混乱の中で、国民の間には「強大で安定していた過去」への郷愁が急速に広がっていました。
この国民感情を巧みに捉えたのが、2000年に大統領に就任したウラジーミル・プーチンでした。プーチンは就任直後、国家の一体感を高めるための「象徴政治」に乗り出します。ロシア連邦下院(国家院)で行われた激しい法案審議では、反体制派のリベラル系知識人や旧反体制運動家から「スターリン体制への逆戻りだ」「大粛清の犠牲者への冒涜である」という猛烈な反発が巻き起こりました。しかし、国会内の過半数を制した愛国派や共産党勢力の支持、さらには世論調査機関が示した国民の圧倒的な支持率を背後にして、2000年12月、アレクサンドロフ作曲のソ連国歌のメロディを法的に復活させることが可決されたのです。
この際、メロディの骨格は完全に維持されつつも、歌詞は共産主義色や赤軍の讃美をすべて削ぎ落とし、「祖国への愛」「広大な大地への誇り」「神への信仰」を謳う内容へと全面刷新されました。国家の体制が変わろうとも、国民の深層心理に刻み込まれた音響的アイデンティティは消え去ることはなかったといえます。