甲子園の歴史を変えた「帰れコール」松井秀喜5連続敬遠の全真相

甲子園の歴史を変えた「帰れコール」松井秀喜5連続敬遠の全真相にまつわる役立つ知識を詳しく紐解きます。

なぜ、これほどまでに批判を浴びるリスクを冒してまで、徹底した敬遠を選んだのか。明徳義塾を率いた名将・馬淵史郎監督の決断は、冷徹なまでの勝利への執念に基づいていた。当時の星稜打線において、松井秀喜の打撃力は群を抜いていた。前年からの圧倒的な長打力と勝負強さを分析した馬淵監督は、「松井と勝負して勝てる確率はきわめて低い。彼を打ち取るのではなく、抑え込むことでしか明徳に勝機はない」と結論づけていたのだ。

「高校生の中に一人だけプロが混ざっているようなものだった」。後に様々なスポーツドキュメンタリーで、馬淵監督は当時の松井の存在感をそう表現している。監督としての命題は、目の前の試合に勝利し、チームを次へ進めること。教育的配慮やファンの期待というプレッシャーの中で、馬淵監督はあえて悪役に徹し、徹底した戦術を完遂したのだった。

橋本 菜々子

橋本 菜々子

トレンドリサーチャー

グルメと旅を愛するフリーライター。全国各地の隠れた魅力を独自の視点から紹介します。

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