栗城史多はなぜエベレストへ挑み続けたか?遭難死の深層と現在の評価

栗城史多はなぜエベレストへ挑み続けたか?遭難死の深層と現在の評価についての真相をご紹介します。

メディアの寵児となった栗城史多さんが最終目標として定めたのが、世界最高峰エベレスト(標高8,848メートル)への「秋季・単独無酸素」による登頂でした。一般的にエベレスト登山は気象条件が安定する春に集中しますが、彼はあえて難易度が跳ね上がる秋山を選び、さらには通常ルートではなく難度の高い西稜や南西壁などの難ルートを宣言し続けました。

悲劇の引き金となったのは、2012年秋の4度目の挑戦です。強風吹き荒れるエベレスト西稜の標高約8,200メートル地点、人間の生命維持が極めて困難とされる「デスゾーン」で前進を阻まれ、雪洞でのビバーク(緊急露営)を余儀なくされました。マイナス数十度の極寒に晒された栗城さんは、結果として両手・両足に重度の凍傷を負い、右手親指の第一関節を除く9本の指を切断するという致命的なハンディキャップを負うことになります。

登山家にとって指の喪失は、アイゼン(登山靴の爪)の脱着やロープワーク、ピッケルの保持が極度に制限される決定的な打撃です。周囲の関係者や専門家からは登山の引退を強く促されましたが、栗城さんは指を失った手首を包帯で巻きながら、再びエベレストへと向かいました。「指を失っても諦めない姿を見せることで、見ている人に勇気を与えたい」――自著や講演で繰り返し語られたその言葉の裏には、一度巨大化したファンの期待や億単位の遠征費を支えるスポンサーシップから降りることが許されない、深い苦悩と逃れられない引力が渦巻いていました。

木村 陽翔

木村 陽翔

テックライター兼ウェブディレクター

デジタルガジェットとスマート家電の検証記事を多数執筆。失敗しないモノ選びを提案します。

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